優れたサイエンスコミュニケーション力を持つ 大学院生の育成に向けて

東京工業大学地球生命研究所(ELSI)のサイエンスコミュニケーションコースでは、大学院生が多様な対象に研究を伝えるための実践的なスキルの習得を目指す。

この記事はAsia Research News 2023 magazineに掲載された Nurturing graduate students with science communication skills の和訳です。 



「科学は多層的な事業であり、新旧の情報がさまざまなステークホルダーによって共有されています。」と話すのはELSIの特任助教でコミュニケーション・ディレクターのシリーナ・ヒーナティガラだ。「このような異なる層の間を行き交うコミュニケーションが、科学を理解し、発展させるために不可欠です。」

ヒーナティガラは、ELSIの5年間の修士課程・博士後期課程一貫プログラムで「地球生命科学を世界に伝える」と題目したコースの講師を務める。このコースは、大学院生が、アカデミアや政策立案者、一般社会に研究を伝えるための実践的なスキルを身に着けることを目的としている。

参加者は講義、議論やプロジェクトを通じて「サイエンスコミュニケーションとは何か」、「科学者と一般市民の研究の理解の仕方の違い」、「社会のモラルと倫理に対する研究者の責任について」などのテーマの答えを探る。

コースでは、ヒーナティガラに加え、ELSI副所長のジョン・ハーンルンドと生物地球化学者のショウン・マックグリンが指導をしている。それぞれが、一般社会とメディアへの情報伝達、大規模な学術集会や機関レベルでのアウトリーチ活動の主催、共同研究の組み立て方や組織内での意思決定者への対応についてなどの専門的な知識を持っている。

「一般社会への研究伝達、学術集会、論文やプレスリリースの書き方など、サイエンスコミュニケーションの様々な側面を学べた面白いコースでした」と、ELSI大学院生でコースに参加したリッディ・ゴンダレカールは話す。

コースを通して学生はサイエンスコミュニケーションの基本的な手法やスキルを習得しますが、実はこうした議論こそが学生らを責任感のある未来の科学者に育てるのです。- シリーナ・ヒーナティガラ

科学者と市民の関係

効果的に科学を伝える能力をキャリアのスタート時点で習得することは、若い研究者にとっていろいろな意味で有利である。例えば、学会で自身の研究について発表を行ったり、ネットワークの構築などで実践的に活用できる。

「しかし最も重要なことは、コースを通して、彼らの研究がいかに社会と繋がっているかを、彼ら自身が感じられるようになることです。」とヒーナティガラは言う。

ヒーナティガラは、学生らが「かなり熱心」であった項目として、「科学は社会にどのように貢献できるか」、「科学を税金によって支えている国民に、アウトリーチ活動を通して還元するということ」、「現在のアカデミアにおける多様性・公正性・包含性について」を挙げる。

「コースを通して学生はサイエンスコミュニケーションの基本的な手法やスキルを習得しますが、実はこうした議論こそが学生らを責任感のある未来の科学者に育てるのです。」

理系の学生の中にはコミュニケーション技術を学ぶという考え方に不慣れな人もいる。それでも他人と協力して、プロジェクトを基礎とした課題に取り組むことでコースを乗り切っていく。

「学生の1 人は最終試験の一環として公開講義を行い、一般の人たちに対する効果的なコミュニケーション方法を学ぶことで得るものがいかに多かったかを語ってくれました。」

新たなキャリアパス

コース参加者には、ELSIのアウトリーチ活動や外部のサイエンスコミュニケーション組織に参加することが奨励される。そうした活動を通し、専門家から学び、ネットワークを構築し、サイエンスコミュニケーションにおけるキャリアを垣間見る機会を得るのだ。

そうした外部サイエンスコミュニケーション組織の一つにJapan SciCom Forumがある。これは、日本から英語で国際研究発信を行う人々の集まりで、ヒーナティガラと国内の様々な大学や研究機関のスタッフが主な運営を行っている。

メンバーには広報担当者、研究者と学生などで、基本的には年次会議(2018年~2021年はELSIで開催)で顔を合わせる。同時に、専門家とのウェビナーやソーシャルイベントも開催している。「将来的にはインターン生を受け入れて研究プロジェクトを行いたいとも考えています」とヒーナティガラは言う。プロジェクトは、国内のサイエンスコミュニケーションや、研究機関や科学系施設が行うパブリック・エンゲージメントについて評価を行うなど、日本に焦点を当てたものになるという。

他国と異なり、日本の理系の修士・博士課程の学生はサイエンスコミュニケーションのトレーニングを受けることや、研究伝達を専門とするプロに出会う機会はほとんどない。修士課程・博士後期課程一貫プログラムの必須科目としてサイエンスコミュニケーションを組み込んだことで、ELSIは「一歩踏み出した」とヒーナティガラは言う。

「このトレーニングが不足している状況は、日本にとって大変不利に働きます。国内からサイエンスコミュニケーターを輩出することができず、理系の卒業生がサイエンスコミュニケーションをキャリアにするという選択肢がありません。」

ELSI はそうした状況に一石を投じようとしている。現在、他大学と提携し、学生、研究者やアウトリーチスタッフを含む日本中の誰もが参加可能な英語のサイエンスコミュニケーションコースを提供しようと模索中だとヒーナティガラは語る。

「長期的には、このコースを、『サイエンスコミュニケーションと社会』と題した、修士号と博士号を統合した大学院プログラムとへと拡大することを計画しています。」


Further information

シリーナ・ヒーナティガラ | [email protected]
東京工業大学
地球生命研究所(ELSI)


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Published: 10 Mar 2023

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